吟遊詩人「山田庵巳」が紡ぐ幻想的な物語-機械仕掛乃宇宙
山田庵巳は現代の吟遊詩人。
彼を知る人であれば、これに違和感を持つことはないだろう。実際、彼自身も自分のライブで吟遊詩人だと名乗っている。
山田庵巳の最大の魅力は、演奏スタイルの自由さにある。
「Aメロの次はBメロが来て、そこからサビに展開して……」のような固定概念にとらわれず、吟遊詩人さながらの方法で物語を展開させていく。メロディやコード感、詞の世界感といったものだけではなく、曲中に語りを入れて物語にふくらみを持たせるのだ。
吟遊詩人”山田庵巳”が紡ぐ幻想的な物語、「機械仕掛乃宇宙」について考察しよう。
序
あるところに決して太陽の登らない街がありましたとさ。
夜空を見上げれば、グレープフルーツぐらいの大きさと明るさの天体がぽっかりと浮かんでいます。
こいつはインチキな魔法使いたちがインチキな魔力で作り出した正真正銘のまがいもの。
ある青年が街に新しい太陽を作り出そうと一つの機械を開発した。
いや、開発するために努力して、そしてそのひたむきさゆえに身を滅ぼしてしまう。という物語なんですね。
”機械仕掛乃宇宙”は語りから始まる。
光に忘れ去られて時さえも暗闇となった街。そこに住みながら機械仕掛けの太陽を作ろうと研究に明け暮れる青年がこの物語の主人公だ。
おそらく青年の発した言葉だろうが、この語りの後には物語において重要なセリフが歌声ととともに運ばれる。
ずっと忘れないで ずっと忘れないよ
山田庵巳 ”機械仕掛乃宇宙”
この段階では誰に向けた言葉なのかはわからない。しかし、物語の終わりにようやくこの意図が理解できたとき、セリフが物語の重要なキーであったことに気づく。
機械仕掛乃宇宙を紐解くうえで、このセリフを頭の隅に残しておいて頂きたい。
不揃いの冷たい石を 並べただけのこの街で
ぼんやりとした太陽は うっすら僕を照らしてる
名もないことで有名な なんにもできないこの僕は
街の誰からも蔑まれ 1人ぼっちで暮らしていた
山田庵巳 ”機械仕掛乃宇宙”
キーとなるセリフの後は物語の背景が描かれていく。
物語の始まりにしては不気味でものものしい雰囲気が漂う。それは光を忘れた街の人たちに蔑まれながらも、太陽を求めて研究に尽力する青年に焦点を当てた場面だからだろう。
山田の歌声と必要な時にだけその音を鳴らす奏法により、暗闇の無情感や青年の孤独さの情景が想像できる。
しかし、その無情感や孤独さは山田の語りによって消えてゆく。
朝も昼も夜もなく研究に研究を重ねる青年。
そして、ある時にこんなアイデアに到達したのである。
神様が初めてその闇に朝日をもたらしたその夜明け。
いったいどのような心持ちでその光の玉をこしらえたんだろうか。
朝食にひときわに大きな目玉焼きが食べたかったからだろうか。
溜まった洗濯物をいっぺんに乾かしたかったからだろうか。
凍えるものには灯を 迷うものには温もりを与えたかったから。
そう、生きとし生けるものにすべてのものに愛を与えたかったからではないだろうかと、青年は思い立ったのである。
最後の部品は愛なのではないかと、青年は考えた。
研究に研究を重ねる青年。理論も部品も完璧なはずなのに太陽は起動しない。どうしてかを考えるうちに、この太陽には部品が足りていない、それが愛であることに気づく。
ここでようやく機械仕掛乃宇宙という物語のテーマが”愛”であることに気づかされる。それは機械の最も重要な部品として登場し、物語の最後まで付きまとう。
「青年にとっての愛が何なのか?」これを考えてみると、機械仕掛乃宇宙の隠れた表情が見えてくる。
破
僕の心もそうさ どこまでも続く暗闇
胸の歪みにできた 隙間に埋める”何か”を探していた
そして君に出逢った その瞳は確かに光を宿して 輝いていた
あぁ愛しの君よ かわいい笑顔の君よ
僕の心の闇を照らし 暖めてくれた
そばにいてくれるなら ンギュッと抱き合えるなら
他に何もいらない 愛しい君よ 愛しい君よ
山田庵巳 ”機械仕掛乃宇宙”
「不揃いの冷たい石を並べただけのこの街で」と作品の冒頭で表現されているように、暗闇の街に、光を忘れてしまった人たちに、青年は嫌悪感を抱いている。「同じようにはなるまい」と考えていることだろう。
その前提を踏まえると、愛する人に出逢えた喜びの場面も違うものに見えてくるはずだ。
喜びや幸せであることには間違いないが、これは冷たい石にならずに済んだ安心感からくる感情。彼女への愛しさだけで幸せや喜びを感じているわけではない。
ここから物語のテーマである青年の愛が考察できる。
青年の愛は彼女を慈しむ気持ちのような誰かに向けられたものではなく、自己愛からくるものだ。
未完成の発明品の最後の部品を見つけられたこと。
街に並べられた冷たい石にならずに救われたこと。
愛を忘れた人々のなかで自分だけは愛を持ち続けられていること。
こういった人間が誰しも持っているエゴが、青年にとっての愛なのだ。
どうして誰にも内緒かって?
それはね、言いづらいことなんだ。
この機械で作り出すことができる太陽はたった二人分だけ
君と僕の分しかないんだ。
この暗闇の街で二人分の太陽がもし生まれてしまったら
きっとたちまちのうちに争いごとになってしまう。
僕にとっての未来は君なんだ。
君と過ごす明日のつらなり
最後の部品を手にして完成した機械仕掛けの太陽。これを誰にも知られないように彼女と二人で起動させる場面で、物語の結末を迎えるための重要なシーンだ。
機械仕掛乃宇宙は青年がそのひたむきさゆえに身を滅ぼしてしまう物語、山田庵巳が最初にこう語った理由がここから明らかになる。
幕間
簡単な呪文を唱えながら歯車を回そう。
メルクリウス ウェヌス テラ マールス ユーピテル サトゥルヌス ウラヌス ネプトゥヌス
少しだけ話をそらすが、これは青年が発明した太陽を起動させるための呪文。太陽を起動させるために彼女に伝えたものだ。
水星から海王がラテン語で表されており、タイトルの”機械仕掛乃宇宙”にちなんでこの呪文にしたのだろう。
少なくとも一聴しただけで詠唱できるほど簡単な呪文ではない。青年はなんとも自分勝手な奴だ。
この身勝手さからも、主人公の自己中心主義が垣間見えるような気がする。
急
そう、彼女はこつ然と姿を消してしまった。
そう、気づいてしまった。
たった二人分しかない太陽など夜空に浮かんだグレープフルーツと何の変わりのないことを。
それでも彼は歯車を回し続けた。
しかし、不愉快な鉄のこすれる音がするばかり。
愛するものと愛するものと共に暮らす未来をいっぺんに無くしてしまった彼に、どうして未来への希望が持てようか。
作品での山田の最後の語り。青年は彼女と過ごす未来を失ってしまった。
青年の発明した太陽はたった二人分しかないものであり、彼女にとっては何の価値もない。それを察したために、青年の前から彼女は姿を消したのだ。
彼女と輝かしい未来が消えた青年の孤独感と無力感、またそれでも回る歯車から鳴る鉄の音。これらが山田の語りとコードチェンジの際のギターの弦から鳴るこすれる音によって見事に表現されている。
青年にとっての愛は自己愛。光や愛を忘れて自分が嫌悪する街の一部になることは、彼の最大の不幸だろう。
だからこそ青年は彼女が消えた後も歯車を回し続けた。光と愛を忘れないために、冷たい石にならないために。
「序」で触れたが、「ずっと忘れないで ずっと忘れないよ」という機械仕掛乃宇宙の冒頭のセリフ。この意図は歯車を回し続けた理由と同じだろう。
彼女を忘れてしまえば、暗闇のなかの石ころになってしまう。
そんな心持ちから、青年は消えてしまった彼女につぶやいたのだろう。
絵本のような情景が浮かび、もの悲しい結末を迎える”機械仕掛乃宇宙”。約18分間でここまでふくらみのある世界観が出来上がっている。
敬愛するミュージシャンの一人である山田庵巳。彼が紡ぐ物語を目の前でぜひ体感してほしい。